
イスラエルの王様「ダビデ」は、とても人間味のある親しみやすい人物です。彼には、いつも民に対する「慈しみの心」と「愛」がありました。
彼の人間性を表すエピソードを一つご紹介します。
ダビデは、サウルという初代イスラエルの王様に命を狙われ長い間逃亡生活を送っていました。ダビデは戦術に長けており、イスラエルの民たちから大変人気があり、サウル王はそんなダビデに激しく嫉妬していたのです。
今回のエピソードは、この頃のことで、つまり、まだダビデが王になる前の出来事です。
旧約聖書「サムエル記・上」第30章から要約します。
ダビデを慕ってついてきたイスラエル兵たちはダビデと共に戦いのために出陣します。
ところが、兵士たちの留守を狙ってアマレク人が侵入、ダビデ達が住んでいた町に火をかけ、ダビデとその兵士たちの妻や子ども、幼子から年寄りまで全員を連れ去ります。
ダビデたちが家に戻ってみると、町は火で焼け落ち、町の民は全員連れ去られていました。
兵士たちは、ダビデのせいでこのようになったと考えるようになり、悩んだ末にダビデを責め、彼を殺そうと思い計ります。
ダビデ自身も大変苦しみますが、神の力がダビデを奮い起こします。
彼は神に問いかけます。「敵に追いつき、家族を取り戻すことができますか。」それに対して神は、必ず追いつけるから略奪隊を追跡しなさいと答えます。
ダビデに従う兵の数は、600人。しかし、略奪隊を追跡する途中で疲労のため落伍者が出ます。その数200人。よって、400人の兵士がアマレク人を追跡することになりました。
そして、とうとうダビデ達はアマレク人に追いつきます。夕暮れを待って攻撃をかけ、見事にアマレク人を打ち破り、全てのイスラエルの民、妻や子ども、また、盗まれた戦利品も全て取り戻します。
アマレク人の残していった羊や牛もことごとく奪い、ダビデと兵士たちは無事、帰途につきます。帰途の途中、疲労のため出陣できなかった200人の兵士と合流、ダビデは彼らの安否を気遣います。
しかし、ダビデに従って戦った兵士の中に意地の悪い者たちがおり、「彼らは我々と共に戦わなかったのだから、我々が取り戻した戦利品を与える必要はない。ただ家族だけを受け取って連れて帰るがよい」と言う者がいました。
それに対してダビデは言います。
「兄弟たちよ、神が与えてくださったものをそのようにしてはいけない。我々を守ってくださったのは神であり、襲って来たあの略奪隊を我々の手に渡されたのは神なのだ。誰があなたたちの意見に同意するだろう。荷物のそばにとどまっていた者の取り分は、戦いに出て行った者の取り分と同じでなければならない。皆、同じように分け合うのだ。」
そして、この日から、これがイスラエルの掟、慣例とされ、今日に至ります。
更にダビデは、サウル王から逃れながらかつて彷徨い歩いた全ての場所の長老たちに、アマレク人との戦いで得た戦利品の中から贈り物をし、お世話になったことに感謝の意を表しました。
毎年、「あなたにとっての理想の上司は誰か」という調査がありますが、ダビデのような人物こそ、正に上に立つ者として相応しいと感じます。
神様は、サウル王を退かせダビデをイスラエルの王としますが、ダビデの民に対する愛は、神様の人類に対する愛に共通するものがあると感じます。
神様は、今、私たち日本人を最初に選び、救いの計画を実行されるため、日々私たちの霊魂に働きかけてくださっています。
この人類史上かつて無かった歴史的な救いを決して逃すことなく、皆さん誰もが神様のこと知ってほしいと心から願って止みません。
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