良い競争と悪い競争


競争社会。
私たちは生まれた時からこの競争社会の中で生きています。

日本の経済発展は競争社会の中でこそ実現できたのであり、競争を悪いものだとは思いませんが、常に比較され競争を強いられる人生はやはり辛いことも多々あります。

競争は基本的に誰かを蹴落として勝ち取るものなので時に争いを引き起こすこともあります。
しかしそれとは全く真逆の、争いが激化すればするほど人々に幸福をもたらすという競争が実はこの世に存在します。

(2018年7月7日)神様の世界では誰が最も愛するかという競争をするから、競争が激しくなればなるほど平和が作り出される。https://rapt-neo.com/?p=48144

この世の中は激しい競争社会です。

そして、この世の中での競争とは、一言で言うなら、誰が最もたくさんの富や名誉や異性を手に入れるか、つまり誰が最も私利私欲を満たすかという競争です。

そのため、競争が激しくなればなるほど、人々はますます自己中心になっていくしかありませんし、ときに人を蹴落とすことも辞さないので、どんどん平和が壊されていくことになります。

しかし、競争そのものが悪であるかというと、決してそんなことはありません。

企業どうしが激しい競争をするからこそ、より良い商品が開発され、より良いサービスが提供されることになるからです。

ですから、神様は競争そのものを悪だと見なすことはありませんし、むしろ私たちに別の形で競争を強いられます。

では、神様が私たちに強いる競争とはどんなものなのかというと、誰が最も私利私欲を満たすかという競争ではなく、誰が最も愛するかという競争です。

誰が最も主を愛し、隣人を愛するか、という競争です。

そのため、その競争によって誰かが傷付くことはありませんし、むしろ競争が激しくなればなるほど、多くの人々がメリットを受けるようになり、平和な世界が作り出されていくようになります。

神様がこの地上に作りたいと願っている千年王国とは、まさにこのような愛の競争が行われる世界なのです。

 

神様を愛する人が増えれば増えるほど、この世界は神様の祝福が増し加わり、周囲にも良い影響をもたらします。

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神様を知らずに生きていたときの私は、人と競争し合うことを極度に恐れ、競争を避けて生きていました。

しかし、神様の世界で行う競争は、ただ神様に向かう愛によって、共に生きる仲間のために祈り、切磋琢磨しあう愛の競争だから、一切恐れることはありません。

ですから私も、皆さんに負けないようにもっと自分を成長させ、誰よりも神様を愛する者となれるように頑張りたいと新たに決心しています!

RAPTさんは、このような”愛の競争”がこの地でたくさん行われることで、この地上全体が神様の愛と恵みに満ち溢れ、多くの人々が神様の愛に目覚めるようになるだろうと、教えてくださっています。

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私たち人間は、誰でも神様から豊かに愛を受けると、神様の愛が心に宿り、神様と同じ愛で人を愛せるようになり、「愛したい」という思いが自然と湧いてくるのだと、RAPTさんは教えてくださっています。

さらに神様は常に与えたいと思っていらっしゃる方であり、与えることを喜びとしていらっしゃり、その愛は尽きることがないのだと教えてくださっています。

ー中略ー

溢れる愛を遮るものが何一つない、幸福感に包まれたその異次元空間に驚嘆すると同時に、これが地上天国なのだと思いました。

 

「地上天国」とは、文字通りこの地上で天国のような生を生きることを言います。

それは富や名声を得て金銭的に恵まれた生活をすることではなく、いつも心が平安で愛が常に自分に宿っている満たされた心の状態が続くことをいいます。

そして神様のおっしゃる「愛」とは霊的な愛 つまり「祈りによって支え合う真心からの愛」のことを指します。

私たちは愛と聞くと異性の愛を想像しがちですが、神様の愛はそれよりもはるかに次元の高い愛なのです。